究極の食中酒とは

株式会社新澤醸造店は創業1873年(明治6年)銘柄「亀の年」を醸造。戦時中は銘柄「神風」を御国に納める蔵元でもありました。
1925年(大正14年)二代目が摂政宮殿下(後の昭和天皇)の御前で「大崎耕土」について延べ、これを一世一代の光栄に思い愛宕山に根を張る松に因み主銘柄を「愛宕の松」と改名。
御国に酒を納める蔵元であっても時の流れと共に経営はしだいに厳しくなり、廃業も考えなければならない状態になりました。

1999年(平成10年)東京農業大学醸造学科を卒業した現社長新澤巖夫が家業を継ぐ為に帰郷。
当時の酒は宮城県内29社中27番目という評価でした。
南部杜氏と共に造りながらも蔵のこの先を見据え「日本酒」をより美味しくしていく事が何より先決とし、2001年(平成13年)に自らが杜氏となり、品質の向上と新たな純米酒を造るべく精進しました。
吟醸香が際立つ酒が日本酒業界を牽引し鑑評会でも金賞を受賞するために香りをいかに出すかを競っている中、
「料理の素材そのものが持つ力を引き出し、食事をよりおいしく感じさせる酒」
「糖度を低めに設定し、インパクトはないものの、気がつくと2杯3杯と飲み進められる酒」
そんな脇役となる造りである「究極の酒造り」をしたいと宮城県産業技術センターの先生に思いをぶつけ、
指導を仰ぎました。蔵人と共に寝食を忘れ「究極の酒造り」に力を注ぎ、2002年(平成14年)『究極の食中酒』銘柄「伯楽星」(商標登録第5312399号)が誕生致しました。

しかし発売当初、小さな酒蔵で誕生した伯楽星は、味わいや『究極の食中酒』の味わいや目指すところを理解し取り扱ってくださる酒販店様は多くありませんでした。
昔から、食前酒・食後酒という言葉はありましたが、食中酒という言葉は当時まだなく、食中酒という新しい言葉で商品を訴えても、飲食店様では「インパクトに欠ける」となかなか浸透することが難しかったのです。

ところが時間の経過と共に、少しずつではありますが、『究極の食中酒』という日本酒の存在を知る人が増えるにつれて、新聞やテレビ・雑誌等にとりあげられるようになりました。「食中酒」という言葉を使わせてほしい、と県外の蔵元さんからご連絡を頂く事もあり、食中酒が浸透してくるようになりました。
同時に、商標登録をすすめた方が良いと、周りからアドバイスを頂くようになり、2016年(平成28年)10月21日に、商標登録第5889319号として『究極の食中酒』を登録しました。

Menu